秋の午前は織田とコロンバン - 日々ふさおまき

夏の終わりから続いた台風は、代々木公園の立派な立ち姿をしていた山桜を何本もなぎ倒しました。

また、ケヤキの冬に向かった体内調整を狂わせ、チリチリの葉が枝先に揺れる有様は、今年の貧相な黄葉を決定的にしています。

それでも、夜のうちに降った雨で空気の透明度は深呼吸を促す涼やかさとなり、

トラックの表面がまだ乾ききらない水曜朝の織田フィールドに出かけます。

アキレス腱は一歩進んで二歩下がる回復具合で、

先週末よりは痛みと硬さが増してはいるのですが、

静かにゆっくり体の動きを確かめながら、静的ストレッチ、ジョグ、動的ストレッチと進めていくと、どうにか走る神経が頭から足の指まで連携する感覚を確認できました。

では、と一本目の流し。踏み出しは柔らかめに置いて、加速もなだらかにしておきます。左足首の張りが内側に現れ、十分に強い着地を得るまでは持っていけません。

2本目までには再度ストレッチ。

血流が増して柔らかくなる足首に、次の流しは少し着地のボンボンというリズムに近づけることができました。

悪くない。

という事で、スピードアップはひとまず置いて、

ジャンプの補強をすべく砂場に伸びる助走路へ移動します。ここ、私のお気に入りのトレーニングスペースです。

斜め前方左右への連続ジャンプ、バウンディング、そしてホッピングをそれぞれ20歩2セットずつ、この動きなら足首も嫌がることなく伸縮してくれたのは、足全体のバネが溜まっていたからかもしれません。

この感覚に気分も高まり、仕上げに50メートルと100メートル走を一本ずつして、青空に薄雲が幾何学模様の鱗となった秋の織田フィールドを後にしました。

空欄が目立つのは、オフシーズンの証拠ですね。

代々木公園周辺のケヤキ並木を原宿から表参道方面に辿ったのは、彼女が買った近刊のBRUTUSでケーキ特集があったから。

それも、ジャパントラディショナルの店が多く、近江屋、モンブランマッターホルン、黄瀬戸、ウエストと、私たちの東京暮らしで親しんだ店が目に入ったのでした。

原宿はもちろんコロンバン

一人で喫茶に入るのは初めてです。

舌に溶け込むバタークリームケーキに、練習で使ったエネルギーを取り戻しました。

「もやし」と「ピーマン」で2品

もやしの酢の物

1.鍋で湯を沸かし、もやしを1分ほど湯がく。

2.三杯酢(酢、醤油、塩、砂糖)をつくり、

   もやしの粗熱がとれたら三杯酢であえる。

   上から刻み海苔をかける。

※もやしは湯がきすぎるとシャキシャキ感がなくなります。

ピーマンの昆布あえ

1.ピーマンは縦半分に切ってヘタと種を除き、

   繊維を断ち切るようにせん切りにする。

2.ピーマンを1分ほど茹でてから塩昆布であえる。

   上から白いりゴマをかける。

※ピーマンは皮が柔らかいものを選びます。

今泉地区ウォーキング

しばらくご無沙汰していた市のウォーキングマップの散歩

今回は今泉地区ウォーキングです。

今泉小学校の隣の今泉地域コミュニティセンターが起点です。

今泉小学校の東側の道路を北上して・・・

富士山神社へ立ち寄り・・・

隣の元今泉3丁目公園のシモツケを愛でて・・・

悪名高きセイタカアワダチソウに来ていたハエと戯れ・・・

枝垂れ桜を囲ったノフジの花の頃を思い出し・・・

東市民活動センターに来たら、何やら工事中・・・

看板を見たら、東警察署がここに移転するようです。

東図書館・東市民活動センター・視聴覚ライブラリー・駅東出張所(市役所の)が

一緒に入っている・・・通称:東コミセンです。

ここのホールでも、宇都宮第九合唱団のレッスンが行われる日があります。

東コミセンの東側のポプラ並木・・・

春(八幡山公園&宇都宮タワー)、夏(宇都宮二荒山神社夏祭り)

秋(旭町のオオイチョウ?)、冬(大谷石造りの松ヶ峰教会)

大好きなポプラ並木を行くと・・・温州蜜柑を見つけました!

(最近、あまり”温州蜜柑”と呼ばなくなったようですが、普通の蜜柑です。)

ウォーキングマップでは、奈坪川添いの白楊高校脇の遊歩道を歩くようになっていますが、

現在は工事中で、高校の西門までしか行けず、引き返しました。

という事で、白楊高校の北〜東を迂回し・・・

南側へ・・・

白楊高校は現在は普通高校ですが、以前は農業高校でした。

ので、農業科の畑(↑)や酪農施設などがあります。

マップのルートに戻って、駅東公園のイチョウ並木・・・

あれっ?疲れていたのか?水平・垂直が狂っています!

プール前の噴水は、夏場以外は止まっています。

駅東公園は子ども連れの家族が、よく遊びに来ています。

公園を出て、遊歩道から今泉小学校方面へ戻ります。

薄いパープルと白のムクゲが咲いていました。

帰宅したら義母さんに呼ばれて座敷へ行くと、

前日の県芸術祭の一環として行われた佐野市民会館でのお茶会で

家元先生の大山寺のお席で出たという和菓子と抹茶をご馳走になりました。

【みんな生きている】田口八重子さん・横田めぐみさん[シェーンバッハ・サボー]/TNC ( アジア情勢 )

−その命、見捨てますか?−

《インチキ遺骨ではなくて、拉致被害者を返せ!拉致被害者家族が大規模集会 全員帰国の協力訴え》

拉致問題解決を求める国民大集会が東京都千代田区のシェーンバッハ・サボーで開かれ、家族たちが被害者の1日も早い帰国を訴えました。

田口八重子さんの兄・飯塚繁雄さんは

「帰国しなければ何もならない」、

「帰国だけに焦点を当てた取り組み、対応をお願いしたい」

と語りました。

横田めぐみさんの母・早紀江さんは

「絶対に、これ(拉致問題)だけは、解決しなければなりません。泥棒に盗まれちゃったわけです、大事なものを」

と語りました。

集会には、拉致被害者の家族たちが出席し、被害者全員の帰国に向けた協力を訴えました。

安倍晋三首相は

「日・朝の間においても、今までの相互不信の殻を打ち破り、拉致問題の解決に向け、大きく踏み出さなければならない」

と述べました。

一方、集会に先立ち、安倍首相は家族たちと面会し、訪問先のアメリカで、拉致問題解決に向けて、ドナルド・トランプ(Donald John Trump)大統領のほかに韓国の文在寅ムン・ジェイン)大統領と会談に臨むことを明らかにしました。

田口八重子さんのご家族のメッセージ

http://www.rachi.go.jp/jp/message/movie_1.html

田口八重子さんのご家族のメッセージ(英語版)

http://www.rachi.go.jp/en/shisei/keihatsu/videomessage_1en.html

横田めぐみさんのご家族のメッセージ

http://www.rachi.go.jp/jp/message/movie_2.html

横田めぐみさんのご家族のメッセージ(英語版)

http://www.rachi.go.jp/en/shisei/keihatsu/videomessage_2en.html

■「めぐみへの誓い−奪還−」PV

https://www.youtube.com/watch?v=J6cZyGknNi8

■「めぐみへの誓い−奪還−」(英語版)

https://m.youtube.com/watch?feature=share&v=VEQdbP3JlVo

■アニメ「めぐみ」

https://m.youtube.com/watch?v=OXGYACTRGjI

■VOA拉致問題動画

https://youtu.be/o2i_u8y8GJM

■政府拉致問題HP

http://www.rachi.go.jp/

警察庁HP

http://www.npa.go.jp/

■福岡県警HP

http://www.police.pref.fukuoka.jp/

救う会福岡HP

http://sukuukai.jugem.jp/

救う会福岡facebook

http://ja-jp.facebook.com/sukuukai/

■博多ブルーリボンの会ブログ

http://blogs.yahoo.co.jp/sakimori777

救う会全国協議会HP

http://www.sukuukai.jp/

特定失踪者問題調査会HP

http://www.chosa-kai.jp/

北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会HP

http://hrnk.trycomp.net/

■No Fence北朝鮮強制収容所をなくすアクションの会HP

http://www.nofence.jp/

北朝鮮人権人道ネットワークfacebook

http://www.facebook.com/nknet2015

■国連の北朝鮮人権調査委員会は2014年2月、北朝鮮帰還事業や拉致問題を含む北朝鮮政府による人権侵害を「人道に対する罪」と認定する最終報告書を発表しました。

<原文>

『Report of the Commission of Inquiry on Human Rights in the Democratic People's Republic of Korea』

https://www.ohchr.org/EN/HRBodies/HRC/CoIDPRK/Pages/ReportoftheCommissionofInquiryDPRK.aspx

<日本語訳>

北朝鮮における人権に関する国連調査委員会(COI)最終報告書』

https://www.mofa.go.jp/mofaj/fp/hr_ha/page18_000274.html

■加藤 健ブログ「天を回せ!ロビー活動で挑む」

http://kenkato.blog.jp/

■ベナTVHP

http://www.benamu.org

■ベナTVブログ

http://blog.naver.com/benamu1004

■ベナTVFacebook

http://www.facebook.com/bnatv1004

北朝鮮を離れて自由へ★イ・エラン★のブログ

http://blog.goo.ne.jp/aeran2000

■姜哲煥(カン・チョルファン)さん動画

https://www.youtube.com/watch?v=T8wXjTN2W8E&feature=youtu.be

脱北者トーク番組動画

https://www.youtube.com/watch?v=KJZWxe9P-L8&feature=youtu.be

脱北者・金柱聖さんの動画[前編](日本語訳付き)

https://www.youtube.com/watch?v=zCPxzwHK8fQ&feature=youtu.be

脱北者・金柱聖さんの動画[後編](日本語訳付き)

https://www.youtube.com/watch?v=bq4sYy6d6EA&feature=youtu.be

脱北者・金柱聖さんの動画(3)

https://youtu.be/pMC2G7akiiM

■ベナTV(日本語版)

https://www.youtube.com/watch?v=4YHLDtOoJOo

■ベナTV(日本語版)動画

https://www.youtube.com/watch?v=KeCTTaSgwx4&feature=youtu.be

■ベナTV(日本語版)動画

https://www.youtube.com/watch?v=_WZoh00PGV8

■ベナ救出団:日本語(1)

https://youtu.be/USkALHXYyfI

■ベナ救出団:日本語(2)

https://youtu.be/W9yxZD9sjuM

■ベナ救出団:日本語(3)

https://youtu.be/Mv2kbq4hamU

■ベナ救出団:日本語(4)

https://youtu.be/xpocs10Hx0E

■ベナ救出団:日本語(5)

https://youtu.be/SYT--pNiFqc

■ベナ救出団:日本語(6)

https://youtu.be/p1MN3RHXQBc

◆昭和53(1978)年6月頃

李恩恵(リ・ウネ)拉致容疑事案

被害者:田口八重子さん(Yaeko Taguchi)

(拉致被害時22歳)

※This person was Abduction by North Korea

昭和62年11月の大韓航空機(KAL)爆破事件で有罪判決を受けた元北朝鮮諜報員金賢姫(キム・ヒョンヒ)氏は「李恩恵(リ・ウネ)」という女性から日本人の振る舞い方を学んだと主張している。この李恩恵は行方不明となった田口さんと同一人物と考えられる。

北朝鮮側は、田口さんは1984(昭和59)年に原 敕晁さんと結婚し、1986(昭和61)年の原さんの病死後すぐに自動車事故で死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。

平成21年3月、金賢姫氏と飯塚家との面会において、金氏より田口さんの安否にかかる重要な参考情報(注)が新たに得られたことから、現在、同情報についての確認作業を進めている。

(注)金氏の発言:「87年1月にマカオから帰ってきて、2月か3月頃、運転手から田口さんがどこか知らないところに連れて行かれたと聞いた。86年に一人暮らしの被害者を結婚させたと聞いたので、田口さんもどこかに行って結婚したのだと思った」

※「八重子さんが北朝鮮南浦港に着いたとき、女性通訳に“私には子供が二人いて、どうしても日本に帰らなくてはならないので、返してほしい”と何回も言ってお願いしたそうです。八重ちゃんの思いは最初から最後まで子供のことでいっぱいでしたし、今でも間違い無く“今、彩ちゃんはいくつになって、耕ちゃんはいくつになった”と毎年計算して、どんな大人になったか知りたがっているはずです。すごく会いたがっていると思います」

拉致被害者・地村富貴恵さんの証言)

■埼玉県警HP

http://www.police.pref.saitama.lg.jp/

救う会埼玉HP

http://sukuukai.gozaru.jp/

拉致問題を考える川口の会HP

http://kawaguchi.aikotoba.jp/list.htm

上尾市民の会HP

http://www.emo.co.jp/rachi/list.html

[In or around June 1978: Lee Un-Hae abducted]

Abductee: Yaeko Taguchi (22, female, Unknown)

Kim Hyon-Hui, a former North Korean agent convicted of the bombing of a Korean Airlines jet in November 1982, claims to have been trained to blend into Japanese society by a woman named Lee Un-Hae. Lee Un-Hae is thought to be Yaeko Taguchi, a woman reported as missing in Japan.

North Korea asserts that Ms. Taguchi married Tadaaki Hara in 1984 and, soon after Mr. Hara’s death from illness in 1986, died in an automobile accident. North Korea has, however, provided no documents or evidence to support these claims.

At a meeting in March 2009 between members of the Iizuka family, relatives of Ms. Yaeko Taguchi, and Kim Hyon-Hui, important new information regarding the whereabouts of Ms. Taguchi (see note) was gained from Ms. Kim. The GoJ is currently working to confirm this information.

Note: Ms. Kim said: "After returning from Macau in January 1987, I heard from a driver in February or March that Ms. Taguchi had been taken to an unknown location. I'd heard that in 1986 an abductee living alone had been made to marry, so I thought that Ms. Taguchi must also have gone somewhere to get married."

◆昭和52(1977)年11月15日

少女拉致容疑事案

被害者:横田めぐみさん(Megumi Yokota)

(拉致被害時13歳)

※This person was Abduction by North Korea

新潟市において下校途中に失踪。

平成16年11月に開催された第3回実務者協議において、北朝鮮側はめぐみさんが1994(平成6)年4月に死亡したとし「遺骨」を提出したが、めぐみさんの「遺骨」とされた骨の一部からは同人のものとは異なるDNAが検出されたとの鑑定結果を得た。

平成18年4月には日本政府の実施したDNA検査により、横田めぐみさんの夫が昭和53年に韓国より拉致された当時高校生の韓国人拉致被害者・金英男(キム・ヨンナム)氏である可能性が高いことが判明した。

※「白い翼でも黒い翼でも、赤い翼でも青い翼でも、何でも結構なんで、帰って来られる翼をめぐみに与えてほしい」

横田早紀江さん。拉致被害者横田めぐみさんの母)

※「正義は必ず勝つ、と私は信じていますので、あとしばらくお力をお貸しください」

(横田哲也さん。拉致被害者横田めぐみさんの弟)

新潟県警HP

http://www.police.pref.niigata.jp/

■神奈川県警HP

http://www.police.pref.kanagawa.jp/

あさがおの会HP

http://www.asagaonokai.jp

ブルーリボンの祈り会/スイス日本語福音キリスト教会HP

https://www.jegschweiz.com/%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%9C%E3%83%B3%E3%81%AE%E7%A5%88%E3%82%8A%E4%BC%9A/

■アニメ「めぐみ」

https://m.youtube.com/watch?v=OXGYACTRGjI

[November 15, 1977: Young girl abducted]

Abductee: Megumi Yokota (13, female, Niigata Prefecture)

Disappeared on her way home from school in Niigata City.

During the third round of Japan-North Korea Working-Level Consultations in November 2004, North Korea claimed that Megumi Yokota died in April 1994 and handed over what it claimed were her remains. DNA analysis, however, indicates that some of the bones from these remains belong in fact to a different person or persons.

Additional DNA analysis conducted in April 2006 by the GoJ indicated a high probability that Kim Young-Nam, a Korean citizen abducted from the Republic of Korea in 1978 when he was a high-school student, was married to Ms. Yokota.

《特定失踪者・加藤久美子さんについて》

◆氏名:加藤 久美子

(かとうくみこ)

(Kumiko Katou)

◆失踪年月日:昭和45(1970)年8月8日

◆生年月日:昭和23(1948)年1月1日

◆性別:女性

◆当時の年齢:22歳

◆当時の住所:福岡県北九州市八幡東区

◆当時の身分:事務員

◆身長:155cm

◆体重:47kg

◆特徴:首の後ろに水疱瘡の跡8mm

◆特技:電話交換扱い

◆失踪場所:福岡県北九州市八幡区自宅近くの電停

【失踪状況】

妹と一緒に家を出て徒歩10分くらい離れた旧西鉄路面電車の大倉電停で別れたのが最後。その後消息不明。

いつも通りの服装だったので、小倉にある会社へ向かったと思われる。

「週末に編み物の先生とお茶会に行くので着物を出しておいて」という話をしていた。

北朝鮮工作員安明進(アン・ミョンジン)氏が、「1989〜1990年、金正日政治軍事大学横田めぐみさんらと一緒にいた女性に似ている」と証言。

平成16年1月29日、八幡東署に告発状提出。

《特定失踪者・三浦和彦さんについて》

◆氏名:三浦 和彦

(みうらかずひこ)

(Kazuhiko Miura)

◆失踪年月日:昭和49(1974)年1月12日

◆生年月日:昭和27(1952)年3月28日

◆性別:男

◆当時の年齢:21歳

◆当時の住所:福岡県糟屋郡篠栗町

◆当時の身分:福岡市博多区美野島の九州松下電器本社工場勤務

◆身長:156cm

◆特徴:身長は母親(156cmくらい)と同じかもう少し高いくらい

◆失踪場所:福岡県糸島郡志摩町芥屋海岸と推定

【失踪状況】

波多野幸子さんとともに失踪。

1月12日会社に出勤。

三浦さんは退社前に同僚に前原に行くと告げ、波多野さんの残業が終わるのを待ったと思われる。

12日から帰宅せず。

15日、福岡県糸島郡志摩町芥屋大門近くの海岸に車が放置されているのが見つかる。車内に三浦さんの免許証、コートが置かれたまま。

両人の靴が片方ずつ落ちていた。

《特定失踪者・波多野幸子さんについて》

◆氏名:波多野 幸子

(はたのさちこ)

Sachiko Hatano)

◆失踪年月日:昭和49(1974)年1月12日

◆生年月日:昭和30(1955)年2月14日

◆性別:女性

◆当時の年齢:18歳

◆当時の身分:福岡市博多区美野島の九州松下電器本社工場勤務

◆身長:150cmくらい

◆失踪場所:福岡県糸島郡志摩町芥屋海岸と推定

【失踪状況】

三浦和彦さんとともに失踪。

1月12日会社にいつもどおり出勤。

12日から帰宅せず。

15日、福岡県糸島郡志摩町芥屋大門近くの海岸に車が放置されているのが見つかる。車内に三浦さんの免許証、コートが置かれたまま。

両人の靴が片方ずつ落ちていた。

《特定失踪者・和智 博さんについて》

◆氏名:和智 博

(わちひろし)

(Hiroshi Wachi)

◆失踪年月日:昭和52(1977)年

◆生年月日:昭和13(1938)年8月10日

◆性別:男

◆当時の年齢:39歳

◆当時の住所:福岡県福岡市

◆当時の身分:建設作業員

◆身長:158cmくらい

◆体重:55kgくらい

◆特徴:

1)盲腸炎の傷跡

2)犬歯(左上、プラチナ)

◆失踪場所:福岡市内

【失踪状況】

昭和41年〜44年まで4年間、広島市内に母と一緒に住んで工員として働いていた。

44年、母の死後福岡市に住んでいた姉のところを数回たずねていたが、姉も52年に死亡。最後に病院に姉を見舞った折に「遠くなるけどお金になるので行きたい」と言い置いてその後行方不明。

■神奈川県警HP

http://www.police.pref.kanagawa.jp/

広島県警HP

http://www.pref.hiroshima.lg.jp/site/police/

《特定失踪者・尾上民公乃さんについて》

◆氏名:尾上 民公乃

(おのうえみこの)

(Mikono Onoue)

◆失踪年月日:昭和62(1987)年6月6日

◆生年月日:昭和41(1966)年11月26日

◆性別:女性

◆当時の年齢:20歳

◆当時の住所:大阪府八尾市

◆当時の身分:スナックのアルバイト

◆身長:161cm

◆体重:49kg

◆失踪場所:大阪府大阪市南区(現・中央区)心斎橋

【失踪状況】

5日午後11時30分頃、大阪市北区内のスナックへ行った後、友人の車に同乗。

その友人は午前3時50分頃心斎橋の路上に停車、エンジンをかけたまま尾上さんを助手席に残し、近くのビルの飲食店にいる知人と連絡をとりに行った。

その友人が約30分後に戻ると車ごと消えていた。

尾上さんは免許を取得したばかりで運転歴殆どなし。

翌朝、福岡市博多港の沖浜町中央埠頭東側岸壁から乗っていた車が海中に落ちるところを釣り人が目撃。

ドアはいずれも閉まっていたが助手席の窓は開いていた。

遺体は発見されていない。

車内には友人のセカンドバックがあったが、なくなっていた。

北朝鮮にいるとの不確定情報がある。

大阪府警HP

http://www.police.pref.osaka.jp/

《特定失踪者・東 修治さんについて》

◆氏名:東 修治

(あずましゅうじ)

(Shu-ji Azuma

◆失踪年月日:昭和62(1987)年10月

◆生年月日:昭和38(1963)年1月24日

◆性別:男

◆当時の年齢:24歳

◆当時の住所:神奈川県内

◆当時の身分:会社員(病気で休業中)

◆身長:182cm

◆体重:75kg

◆足のサイズ:27.5cm

◆特徴:交通事故により、左手首からひじの間がくの字型に変形している

◆失踪場所:神奈川県横浜市のアパートから

【失踪状況】

昭和63年1月に不動産屋より家族に家賃滞納の連絡があり、家族がアパートを訪ねると突然出て行ったような状態だった。

お金、免許証はなく、車は置いたまま。免許証の切り替えはされていない。

昭和62年10月頃から胃病のため会社を休業中だった。

家族に送金を依頼する連絡があり送金している。

失踪後家族に無言電話があった。

■神奈川県警HP

http://www.police.pref.kanagawa.jp/

《福岡県警公開特定失踪者・西崎和子さんについて》

◆氏名:西崎 和子

(にしざきかずこ)

(Kazuko Nishizaki)

◆当時の年齢:15歳(昭和37年当時)

◆当時の住所:福岡県北九州市門司区

◆当時の職業:中学生

◆身長:145cm

◆特徴:

1)中肉

2)丸顔

3)色白

4)おかっぱ頭

【失踪状況】

西崎和子さんは昭和37年10月27日、見知らぬ男が西崎和子さん宅を訪れ、家人の前から西崎和子さんを連れ出し、そのまま行方不明となっています。

《福岡県警公開特定失踪者・仲野健二さんについて》

◆氏名:仲野 健二

(なかのけんじ)

Kenji Nakano)

◆当時の年齢:18歳(昭和43年当時)

◆当時の住所:福岡県直方市

◆当時の職業:大学生

◆身長:160cm

◆体重:55kg

◆特徴:

1)中肉中背

2)右手麻痺

【失踪状況】

仲野健二さんは身体障害者で、右手が麻痺する不自由な身体で大学に通っていましたが、昭和43年5月、自宅に「いつも迷惑をかけるので、名古屋へ働きに行く。きっと帰って来る」という内容の手紙を残して、その後、行方不明となっています。

■愛知県警HP

http://www.pref.aichi.jp/police/

《福岡県警公開特定失踪者・西田智一さんについて》

◆氏名:西田 智一

(にしだとしかず)

(Toshikazu Nishida)

◆当時の年齢:29歳(昭和61年当時)

◆当時の住所:福岡県福岡市東区

◆当時の職業:無職

◆身長:170cm

◆特徴:

1)右手小指湾曲

2)軽度の脳性麻痺

3)身体障害者3級

4)足を引きずる歩き方

【失踪状況】

西田智一さんは昭和61年2月1日、友人のところに行くと言って車で外出したまま行方不明となっています。

◆昭和53(1978)年6月頃

元飲食店店員拉致容疑事案

被害者:田中 実さん(Minoru Tanaka)

(拉致被害時28歳)

※This person was Abduction by North Korea

欧州に向け出国したあと失踪。

平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。

平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。

兵庫県警HP

http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/

救う会兵庫HP

http://www.sukuukai078.net/04.html

救う会兵庫facebook

http://www.facebook.com/sukuukai078

[In or around June 1978: Former restaurant worker abducted]

Abductee: Minoru Tanaka (28, male, Hyogo Prefecture)

Disappeared after departing Japan for Europe.

The GoJ requested that North Korea provide information on this case at the 12th round of Japan-North Korea Normalization Talks held in Kuala Lumpur in October 2002 and all three Japan-North Korea Working-Level Consultations held in 2004. During the third round of consultations, North Korea asserted that there is no evidence that Mr. Tanaka had ever entered North Korean territory.

Since April 2005, when the GoJ officially identified Minoru Tanaka as an abductee, the GoJ has demanded that North Korea immediately allow him to return to Japan and provide a full accounting of his case. North Korea, however, has not responded.

【SEA OF MERCY】

The book named “Sea of Mercy”

13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.

He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.

Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.

Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.

Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.

They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.

In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.

Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.

Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.

But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.

North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.

Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.

In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.

In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.

The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.

In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.

Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.

But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.

“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.